老人介護

老いと向き合う、支える

人は誰しもが歳をとります。そして、長生きする中で向き合うものが“老い”です。
以前は難なくこなせたことも老いとともに厳しくなる、不自由な思いをすることもあります

 

本サイトでは老人介護をされた方の体験談をまとめております。
家族を支える介護(自宅・家での介護))もあれば、仕事として取り組まれる介護(行政・会社・NPO法人等が運営する施設での介護もあり、立場の違う様々な体験談が、皆さんが介護についてお考えになるきっかけになりましたら幸いです。

 

自宅で介護することへの不安

 

義母が亡くなって義父の1人暮らしが始まりました。近くに住んでいた私たち三男夫婦は、下の子供が高校に入ったら義父と一緒に住むということになり、それまで4年、何もしたことのない義父は畑仕事をしながら、なんとか頑張って一人で生活をしました。

義父の一人暮らし

ほとんど家事はしたことがないので、一日置きぐらいに通っては、洗濯をしたり掃除をしたり食事を用意したりしていました。そんな生活も3年過ぎたぐらいから、段々と義父の体力が落ちていき、もっとも80を超えた老体には結構一人での生活は負担だったのだと思います
軽トラでトラブルを起こしたり、冬に玄関先で転んで動けなくなり救急車を呼んだり、体力の衰えによるけがなどが増えていきました。そんなこと繰り返しながら、やっと引っ越しが決まった一か月前、風邪をこじらせかなり重症の肺炎にかかり3か月もの入院をしました。今思えばその後の寝たきりの介護生活の始まりはここからだったように思います。

 

この入院の時初めて介護申請をしました。聞き取り調査に来た時は、一番症状の重い時だったので介護5になりました。それでも3か月の入院のおかげで介護5にもかかわらず、結構元気になって帰ってきました。でも3か月寝たきりの生活をしていたので、リハビリはしたとはいえ体力はものそごく衰えました。

私たち家族との生活

退院後は私たち家族との生活になりましたが、もう畑に行くことも辞め、たまに庭を散歩するぐらいの運動量でしかありません。食事は、入院している間に入れ歯が合わなくなってしまったので、3食おかゆ食になりました。
こんな生活を続けていると、物を噛まない、外に出ない、歩かない、どんどんいろんなことをしなくなり出来なくなっていきます。

 

その後も肺炎を繰り返し何回か入院しましたが、その度にいろんな事が出来なくなっていき、3年後には介護ベッドに寝たきりになりました
噛まないことで脳への刺激もない為か、ぼけてくるのも早く寝たきりのときはされるがままの状態でした。病院や訪問看護士さんにいろいろ教わり、1日何回かのおむつ変え、便が出ないときの坐薬の入れ方や吸引機でのたんの取り方いろんなことをやりました。
一番大変で音を上げそうになったのが、坐薬を入れた後の大量の便の始末とそれによって汚れたパジャマの着替えを一人ですることでした。それでも、なんとか一人で出来てしまっていることに、達成感もあったように思います。今思うとよくあれだけの事をやっていたなと思いますが、その時っていろいろ考える余裕などなく、無我夢中だったのかなと思い出されます

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